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個別記事の管理2009-01-12 (Mon)
※途中書きです。あともうすこし続きます※




あけましておめでとうございます。





一応生きてます。




メッセージとか返せなくてごめんなさい。


正直なところ、
未だ読めてないというか、読めない方もいます。



本当にごめんなさい。




前回にも書きましたが、


コメントとか返事は返せないです…

ごめんなさい…





それが

大変失礼なことであると、
礼儀知らずなことであると、…
非常識な行動であると、




分かってはいます。



でも、…










ごめんなさい…





今は、

どんな正論も、

どんなもっともな意見も、

どんなやさしい言葉も、






今の私には、

棘や鉛のように感じます…。





皆さんが仰っていることは、


とても正しいと思います。

私も、

その通りだと思います。


言いたいこともよく分かるんです。



理性では分かるんです。



分かってる。

分かってる。

分かってるんです。




分かってるけど




分かってるけど、






でも・・・













今はただ、



そっとしておいては…
       
       いただけませんか…。




























■現在












取り返しのつかないというか、




戻れないところまで、





最悪の結末に向かっています…。







向かってるというか、




もしかしたら、


もう既に、

「終わっている」のかな…。










多分、



私の自意識過剰とか、
   被害妄想とかでなく、



私は、





彼に徹底的に嫌われている…。







何故、



こんな風になってしまったんだろう…。






これが…




私の望んだ姿だったのかな・・・





これが…





彼を愛する・愛したということに対する、

全ての「結論」なのかな…



「結果」なのかな…。










あれからわたし、



一切追ってないよ…?





自分可愛さに嘘ついてるとか、
気がついてないだけとか、

そんなんじゃない。


誓ってもいい。
命だって賭けてもいい。





わたしはあれから、


あの人を一切追ってない…。










今までのたくさんの「経験」から、


追ったって仕方がないことは十分分かっているし、


追ったら余計に嫌われるだけだと分かっているもの…。



って「嫌われる」とか、
自己中な考え方ね…。


嫌われるなんてことより、





相手を追うことは、






相手を精神的に追い詰めることであるとわたしは思ってる。


絶対にしていけない最悪の選択だととわたしは思ってる。






だから


わたしは追わない。





追わなかったからといって、
何かが変わるわけでも、なんでもないけれど、



絶対に追ってはいけない。





一度押し付けた自分の「想い」を、

一度答えをせまった自分の「エゴ」を、


「自分が苦しい」というだけで、
再び相手に押し付けてはいけない。









良いとかいけないとか、そんなことじゃなくても、










それにわたしはもう、





追うだけの気力ももう残っていないんだよ。







わたしが今回の人だけじゃなくても、相手に想いを伝えるときは、



もう自分の心のなかで「限界」がきてるとき。



もうボロボロになって力もないのに、
最後に無理やりココロをかき集めて、
     なけなしのキボウをかき集めて、


                

すべての想いをたくしたときなの…。







そのあとに、




「現実」という大きなものを受け止めて、
               心に受け入れて、




やりきれない想いを・行くあてのない想いを、
「なぜ」「どうして」と現実と欲求と哀しみに暴走するココロを全て
無理やり納得させて、




そのあとに、









もう追って何かなるとか、何かが変わると思いこめるだけの希望も、



何ももう残っていないんだよ…。










あとね、





これは今回の人だけというか、


今までの人にはあまりなかったことなんだけどね、






今回のひとは、

わたしにとって今までとはちょっと違ったの。






わたしは、近年人間不信ぎみなのもあって、

余程信用した人じゃないと・
   愛した人じゃないと、
   気を許した人じゃないと、






わたしはこころを開かない。


多分、わたしを知ってるひととか
ブログを今こうして読んでくれてる人は、そのことよく分かるんじゃないかな。



心を開いてない人には、一線を置いてしまうのね。


あと、
自分は、


普段物事は全て自分でなんとかしないととか、あまり他の人に助けを求めたり自分の弱いところを見せるのが好きじゃないのね。


余程気を許している人じゃない限り、



私が人に甘えることはない。
私が人に頼みごとをすることはない。
「素」の自分で接することはない。
弱いところを見せることはない。

















今回の人には、

ちょっと心を開きすぎてしまったみたい。








あの人に接していたわたしは、





誰よりも必死でぎこちなかったけれど、

意地張って拗ねて素直じゃなかったけれど、     



けれど同時に、




今までのどんなときより、
      どんなだれより、



「そのまま」だった…

       「素直」だったんだ…。




取り繕ったり、誤魔化したり余裕ぶったりできないほどに、




わたしはあの人に心を許しすぎていたんだ…。






あの人に接していたあのときのわたしは、




仮面を被らない、





「ほんとうのわたし」だったんだ…。





あの、限りない”子供な”「私」こそが、




本当の…





「わたし」だったんだ…。









わたしはね…?




ほんとうは、










”コドモ”なんだよ…?





最近はいろんな人に、

『とても落ち着いて見えますね』とか
『品のあるお嬢さんみたい』とか
『年齢に似合わない』とか
『オーラが大人っぽい』とか


自分の思いや意思に反して
いろいろ言われるけれど、








わたしほんとうは、




そんな自分になりたくてなってるわけじゃないの…。




そんな自分嫌いなの・・・。






そんなのは本当のわたしじゃないんだよ…??




まわりのひとは私のこと、




物分りのいい子であると、

品行方正(?)みたいであると、

落ち着いている子だと思っているみたいだけれど、







わたし、そんなんじゃない・・・。






ほんとうは
誰よりも精神年齢低くて、
誰よりもわがままで、

誰よりも甘えたいと思ってる…。



誰よりも、

わたしだけに向けてくれる無償の愛を求めているんだ・・・。




いつまでも…お転婆でいたい…。

いつまでも…無邪気でいたい…。

いつまでも…難しいこと考えないでいたい…。



いつまでも…


ときを止めていたい…。






でも、

そんなのは無理で、




年齢や時間は待ってくれないし、


「責任」とか、
「常識」とか、
「年上」だとか
「立場」だとか、



いろんなものがわたしを追い詰める・・・・。




それがどうしようもないことであることも、


そんなことは言ってられないこともちゃんと分かってる。












でも…





でもね…?




でもせめて、

自分の好きになった人の前だけでは、


自分が愛した人にだけは、





その限りない、『コドモ』のままでいさせてほしかったんだ…。


         そのままの、小さな『自分』でいさせてほしかったんだ…。






そうしたら、

他のどんなことも、


他にどんなことがあったとしても、




わたしは頑張れる…。





頑張っていけると、そう思うの…。












・・・って、
話しずれちゃったね…。








とにかくね、
わたしは今回、あの人に心を許しすぎていたんだ…。






今はそのリバウンドが心にキて、






ココロがもう…

凍っちゃってる…。



あの人に対して想っていた自分の中に住む小さな「存在」はもう、


あの人の想いに、静かに鍵をかけてしまった…。




そしてあれから、



「わたし」はもう遠い奥底に閉じこもってしまって、




いくら呼んでも出てきてくれないの…。









あの人を見ても、


ドキドキもときめきもない。





あるのはただ、



電話の受話器を取ったときのような、





『ツー…・・・』という無音な静寂。





心の中は、




窓も無ければ入り口すらもない、

冷たく重い壁に囲まれた、薄暗くせまい「部屋」。










何も感じない。










ほとんどは「無」の感情だけ。








私はあの人に今も笑って接してはいるけれど、




もう、


こころから笑ってはいない気がする。





無理して笑ってるとかそういうのとも違う。


乾いた笑いとも違う。




とても穏やかに、

笑っているけどその微笑みに「感情」はないんだ。







私はあの人を眼球や視界には入れても、


「見て」いないの。

あの人の姿は目に「反射」はしても写ってない。


「認識」してない…。


見ているようで、すり抜けているの・・・。











そういえば、

初めてといえば、




こんなのも初めてなのよ?


今まで一度も無かったことなんだけどね、








私ね、初めて



自分で直接会って相手の目を見て想いを伝えようと思った人だったの。







今までは、
他の人に伝えてもらったり、メールで言ったり、相手から事前に振られたりと

振られた回数は多いのに、実は直接好きな人に声で告白したことはなかったんだ。


直接なんて無理だと思っていたし、しようとも思ったことなかった。







でも、…



何でなんだろ…。




この人はね…   違ったの…。






それは勝算があると思ったとか
自信があったからとか、

そういうことじゃない。




なんかね、直感で、


直接言わないと駄目だ…!って思ったの。


何が『駄目』なのかは自分でもよくわからなかったけれど、
どうしても自分の想いを、直接伝えたかったの。
あの人に聞いてほしかったの。


それは、
限りなく自己満足であり、ひとのことを全く考えていない

果てしなく自分中心な

「エゴ」なのだけれども。





そして、

結局、


「直接伝えたい」という私の望みは叶わなかったのだけれども。











でもアレだね、




直接告白ってさ、


やっぱ目茶苦茶恥かしいね。





恥かしいものだとはさ、分かっていたし理解してたの。


でもなんかあの時は、
これもまた今思えば不思議だったなと思うんだけど、
なぜかあの日は「恥かしい」って感情よりも「伝えたい」「聞いてほしい」って感情の方が勝ってて、


告白しようとした日、

初めのほうは、


すごくわたし落ち着いてた。

あまり緊張とかしてなかった。


初めのほうはわりと自然に話しかけれていたの。






でも、




いざ相手にバイト終了後に会ってもらえないかを聞いたとき、



話し始めは良かったんだけど、




途中から、まだ告白もしてないし予定聞いてるだけなのに、


いきなり顔がものすごく真っ赤になってパニックになってしまったんだ。





「ゆでダコのよう」とか、「沸騰してるやかんみたい」とはまさにこのことだったと思う。





もともと人見知りしやすい私だから、
緊張して顔が赤くなる経験なんて小さいときから今までにもそれこそ数えきれないほどあったのに、




あんなにも顔が真っ赤になったのは始めてだった。



顔が真っ赤になっただけじゃない。

あとで接客中に窓に映った自分の顔を見たら、


情けないくらいに目が潤んで泣きそうになっていた。








それくらいすごく緊張して、




ものすごく

恥かしくなったんだ…。






結局、
真っ赤になった顔は、


あのあとシフト時間が終わる3時間後まで冷めることはなかった。













あとね、




もうひとつ初めてのことがある…。





わたし、

今までその恋がたとえどんな結末を迎えようと

その人に関わるものを捨てたり消したりしたことは無かった。


どんなつらいメールだって、どんなくだらない物だって、


どんなにもう終わって昔のものだって、

未練とかじゃなくて、全て取ってあったんだ。



今だって残っているのよ。










でもね・・・、










今回の人のものは、







もう・・・捨てちゃった…。














捨てちゃった・・・。





あんなに大切にしていたアイスのカップも、

あんなに大切にしていた「ごちそうさま」のメモも、


あんなに大切にしていた「大吉」の恋みくじも、


               椿のチャームも、




あんなに大事な、

相手から最後にもらった

              

                数通のメールも、







すべて、


すべて捨てちゃった…。















何故捨てたのかって聞かれても、

正確な理由は自分でもよく分からないんだけど、







あてつけとかやけとかではない。











多分




辛すぎたのかな・・・。









それを直視し続けることが、近くにあることが、





とてつもなく苦しかったのかもしれない。









でも





もうそれも、



数週間前のこと。
























□振られてから今現在までのことを少し書きますね。






あれから、





20日になり、

私は短期のバイトをこなすため、今のお好み焼きのお店を4日間お休みしました。


今だからネタバレ(?)しますが、

わたしは短期で4日間、大学の近くのフジパンのパン工場で、クリスマスケーキ製造のアルバイトをしていました。


この4日間は、自分にとってものすごく充実したものだったので
途中ブログにいろいろ綴りたいと思っていました。

現実逃避だとか普段のバイトと比べてとかじゃなくて、
本当に心からものすごく楽しいと感じていたし、
いろんな年齢・立場・性格・考え方の人と話したり仕事をしたり、
接することができて、ものすごく勉強になりました。

特に、これはいまだに幸せなことだったなと思うのですが、
作業内容や製造ラインは4日間さまざまだったのですが初日に作業ポジションで出会いその後場所が変わっても4日間ずっと仲良くしていただいた、、

60代後半で冗談がうまいとても気さくな『くろだのおじいさん』と、
日本語が上手くてすごく綺麗で面倒見の良かったフィリピン人の『チェーリ』さん


わたしにとってとても大切な人となりました。

このお二方にはとても大切にしていただいたし、
おじいさんは60代後半・チェーリさんは37歳なのもあって、
おじいさんには娘みたいに接していただき・チェーリさんにはまるで本当のお姉さんと妹みたいに接して、教え導いていただきました。

本当に、いい出会いだったと思います。

フジパンのパン工場でのことで書きたいことは他にもたくさんありますが、
この件についてはこんな中途半端な形じゃなくて落ち着いたときにまた改めて書きたいと思います。








フジパンでの4日間(最終日23日)が終わり、

24日になり、



クリスマスイブとなりました。


私は、



バイト先で、朝からあの人と一緒にいました。




その次のクリスマスも、


私はあの人と朝から晩までずっとお店で働いていました。





そのあと、
年末もほとんどの間、朝から相手とずっと一緒に働いていました…。








皮肉ですよね…





告白とかそういうことするずっと前には

クリスマスに一緒にいられますようにとか、
少しでもシフト被りますようにとか、
冬休みはたくさんあえますようにとか、

あれだけ望んだことだったのに、


夏休みでの『一緒に盆踊り』ですらあれだけ頑張っても叶いはしなかったというのに、




いざ振られたのが確定してしまったあとに、
想いのやり場がゴミ箱にしかなくなってしまったあとに、
相手がいま一番私と会いたくないと思っているときに、




こうやってたくさん叶ってしまうんだ…。



クリスマスに、自分を振った相手とまる一日とか、

なんなんだろう…。




いや、
私は良いのかも知れないね。


いまさら嬉しいとか悲しいとか、今も相手とシフトが被っていると嬉しいのか嫌なのか自分でもわからないのだけれど、




とても皮肉な形ではあるけれど、”一応”は”願 い は 叶 っ て い る ”のだし、

振られて心は凍ってしまったが、仮にも愛していた相手の方がクリスマスにこんな私なんかと我慢して一緒にいてくださるというのだから、



きっと私は…


喜ぶべきなのだろう。



私はきっと感謝すらしないといけないのかもしれない。





それに私は、「こうなること」も分かってた上で
それでもなお、相手のことを考えず気持ちや立場無視して想いを押し付け答えを迫ったわけなのだから、



 

相手にどんな風にされても、
どんな風に言われても、
文句は言えない気がするんだ。



相手は「被害者」である。


私は「加害者」である。







私は自分のしたことに対する「責任」というか、「報い」を受けなければいけない。





私が「被害者」面するなんておこがましい。





私なんかよりも、
相手のほうが、


何を好きこのんで、
好きでもない、自分に迫ってきて愛の押し売りをしてきた重い女と一緒にクリスマスなんていう「いかにもな」2日を過ごさなくてはいけないのかって考えると、
もっと会うべき人というか、私なんかよりこういう日に会うに相応しい人もいたかもしれないだろうに、




とても申しわけないというか、


「元凶」が言える立場じゃないが、心境お察ししますと同情(?)心すら感じてしまう。







また私よりも、
よっぽど相手のほうがストレス溜まってるだろうし相手はきっと会いたくないと思ってて私を思いやる余裕もないであろうのに、
相手は無理して笑ってくれてて、
普通にしようとしてくれてて、


とてもとても、






申し訳なかった。






私はずっと、「普通」を頑張りながら、
自然に接して自然に微笑むことが出来るように努めながら、





心の中でずっと

ごめんなさいごめんなさい…ってずっと謝っていました。















クリスマスが終わり、年末になるにつれて、








私は相手に嫌われ始めていました。






やっぱり、私がどんなに「普通」を装っても、

      
諦めてもう追っかけていなくても、



少しでも早く、「何でもない日々」に戻れるよう今までの長い記憶を打ち消し心から消し去っても、





「あの事実」が、消えることはない。





私は、もうあの人に求めてはいない。
    
    「求めてはいない」というか、無理なことをちゃんと理解したの。






そもそも、やっぱりどう考えても、

私みたいな子を、




あんなに(いい意味で)普通の人が、明るい人が、



選んでくれるわけがない。



まわりにはもっと素直で・心から優しくて・楽しくて・一緒にいると落ち着いて、いい意味で考えてることが分かりやすい良い子や輝く子がたくさんいるというのに、
簡単(※良い意味で)な子がたくさんいるのに、

そのなかから、その中のすみにいる「異端」な私を選ぶ意味がわからない。


性格も気難しく、
何を考えてるかも分からない、
素直じゃなくて可愛げもない、
話も通じない、
心も汚い、
ただ唯一、外見を誤魔化しただけの見せかけだけの私を、
しかも以前は「ああいう風」であったという「いわく」ありの私を、


「やっかい」な私を、




どうしたらわざわざ、いろんな子の中から、
「この子がいい」と私に手を伸ばして選んでくれるというの…?



誰がそんなわけのわからないことをするの…?


誰がそんな、苦しむことが目に見えてわかっていて、
        苦労することが目に見えて分かっているのに、
        
                  わざわざ難しいほうを選ぶの・・・?





そんなこと、


するわけないじゃない・・・。





そんな奇跡、起こるわけないじゃない…。






普通に考えれば、簡単に分かることだったろうに。

むしろ考えなくても、すぐに分かることでしょう。





わたしは何を、愚かな事を望んでいたの。








これ以上相手の気持ち無視してあがく行動をして、

相手を追いつめることも、、苦しませることもしたくない。









相手が喜んでくれることって何だろうって、

ずっと考えていた。







色々考えていて、


相手は、考えてみると、わたしとの関係を進展させないようにして、バイト内での『平穏』を望んでいたのだから、




どちらかがバイト辞めたりお互い避けたり無視しあったりするっていうのは、相手の望むことではないかもしれないと思っていました。

そうしたかったのなら、私の長い追いかけをかわし続けたりせず、とっくに完全無視とか直接嫌いだと面と向かって言ってたのではないだろうか…?って思ったの。




相手の望むことが『平穏』ならば、

今のバイトを、苦しんだり憂鬱な気分になったりストレスを感じず続けることができることが、


彼の望む『平穏』ならば、




その『平穏』に早く、近づけれるように、戻れるようにするのが先決なんじゃないだろうかと思った。





そうして考えていると、


そもそもはずっと『平穏』で、






その『平穏』を、私が彼を愛するということで壊したのだから、



『平穏』とは、


私が彼に心を傾ける前の、

お互い相手の存在が、「バイトで一緒の人達のなかの、1人」であった、



お互い殆ど接触しなかった頃に戻ることではないかと思ったの。




もともとお互い、興味ある人以外にはわざわざ自分から話しかけたり会話をしたりするような性格ではないから昔はほとんど接触しなかった。








そんな状態に、いきなり戻れるとは思ってないし、


私がどんなに弁明したって・説明したって、
それがどんなに嘘のついていない本当のことであったって、

私の言う「もう安心していいよ」という言葉や態度に説得力がないのは分かっている。

相手が警戒し続けていることも分かっている。

その警戒が簡単に解けることではけっしてないことも分かっている。


早く解けろとも思っていない。





でも、
ずっと避け続けていたら、無視をしていたら、

それは『平穏』へと向かう道なのだろうかと考えてみるとそうではない気がして、




『平穏』に戻るには、今の「隠れてしまいたい」とか「会いたくない」と逃げ出したくなる気持ちを抑えて、
昔のような「普通」の態度と「普通の(バイト)行動」をして、
今までの一年のことを全て『無かったこと』にするのが一番いいんじゃないかと、

そう…思ったの…。




そして私自身も、

まるであの一年にあった・楽しくもあれば辛くもあったいろんなできごとが、
あの人とのいろんな記憶が、感情が、



幻であったかのように・

存在しなかったことだったかのように、



全て「無かったこと」にしてしまうことが出来たら、
消し去ってしまうことが出来たら、


もうこれ以上苦しまなくてすむと・
もうこれ以上無理に期待したりあの人を求めて追いかけてしまうことも
しなくてすむだろうと・
これ以上迷惑をかけなくて済むんじゃないだろうかと、


そしたら好きな人だって、
私のことをほんの少しでも重荷にに感じなくてすむんじゃないだろうかと・
好きな人だって本当は私の関与しない世界に戻ることを望んでいるんじゃないかと・





そう…



そう思ったんだ・・・。








だけれど、













何故だろう。













そうやって、










「普通」や「昔」を貫けば貫くほど、













関係は悪くなっている気がする。













次第にぎこちなくなり、









バイト内の必要会話ですら嫌な顔をされて、










行き帰りのあいさつすらも、”今までかつてない程に嫌”だというかのようにものすごく嫌々返される。

もちろん、相手からのあいさつはない。










被害妄想とかじゃなくて、
自意識過剰とかじゃなくて、







”本当に嫌だ”というオーラが、全身から伝わってくるんだ。

『ウゼェ・・・』と言わんばかりのオーラが、

ギロリとした目つきと嫌々話すそっけのない重い口調から


ものすごく伝わってくるんだ…。







『同じ空間に居たくない』と、言いたいようにすら見える。







土曜日は、無視をされるまでに至ってしまった。




振られてから一度も、事務的報告や会話以外話しかけてもいないし、
             必要なこと以外は喋ってもいないし
             相手のことほうを見てもいないというのに…。




土曜日は事務的報告すら、返事が帰ってこなかった。
他のホールの子が話す同じ内容には普通に返事もするし、話も続くというのに、

私の話すことだけは、全て無視をするんだ…。


 











ああ、





相手が望むことは、








もう、





『平穏』ですらないのかな…。









私はほんと、







「消えた」ほうがいいのかな。







目の前から消えることを、

私は相手から望まれているのかな…。










それを・・・のぞまれているような気がする…。








だってそうでしょ…?


もし昔の関係に戻りたいのなら、

私が追ったりアプローチとか再チャレンジとかまったくしてるわけじゃなく全てを昔に戻そうとしているのだから、
追うことなく恋心も何もかもすべて忘れようとしているのだから
リセットをかけようとしているのだから、

相手にとっては絶好のチャンスではないだろうか?




私を避けるだけならまだ分かるけど、



避ける…なんてものじゃない。






条件反射で避けちゃったとか、

気まずいから避けちゃったとか、






あれはもう、
そういうレベルじゃない。













でも・・・





アレだね・・・。








相手にそんな態度をされる度、




最初上のほうに書いた、

「相手を見ているようで見ていない」状態から・
電話の『ツー…・・・』という無の感覚から、




心にナイフが突き刺さりえぐられるという形で、


無理やり現実世界に引き戻される。
相手を見ざる得なくなる。


痛いという感覚が、

私の止まった心を…
動かなくなってしまった心を… 


無理やり動かせるんだ・・・。







そして、井戸に落としては意識を失わせない大昔の『水攻め』のように、

私を絶望の底に突き落としては、


思考を停止させてはくれないんだ…。







ああ・・・。







本当に・・・























これが、

私の望んだ結末だったのであろうかと、




相手の望むことなのであろうかと、







考えれば考えるほど、




苦しくてなきたくなる・・・。















告白なんて、してはいけなかったんじゃないかと思えてくる…。






だって、告白なんて私がしようとしなければ、



真実を知ることもなく、

今こうして相手にこんなに嫌われることも
なかったかもしれない。



クリスマスだって、年末だって、
真実を何も知らないまま、幸せな気分でいられたかもしれない。






それがたとえ「まやかし」でも、
    
それでたとえ
何も知らないままこの先も相手を苦しめ続けることであったのだとしても、
    






今ほどに相手を苦しめたり、嫌な顔をさせることは無かったんじゃないかって、
                 
あんなに恐い顔をさせたりすることはなかったんじゃないだろうかって、






そう思うの・・・。






私が告白したことは、



悪い・・・  悪い…ことだったのかな・・・。









何が悪いことであったのであろうと、考えれば考えるほど、







最終的には、
自分という存在の全否定に繋がってしまう。



そうじゃないよって、

そうじゃないよって、


人を好きになることは 悪いことじゃないって、

人を愛することは 悪いことじゃないって、

人に想いを伝えることは 悪いことじゃないって


必死に、
必死に考えようとしてるけど、 









相手の態度を見れば見るほど、




そうじゃないんじゃないかって、

相手はそれを否定しているような気がするの…。






心が…


押しつぶされそう…。











もう…

ダメかもしれない・・・。














今はもう、私の心の中で、


現実にはあり得もしない、

夢のまぼろしである、優しく微笑む「偽者のあの人」の姿に…、
まぼろしの中のあの人だけが向けてくれる偽りの優しい眼差しに…、








沈んで…いくだけなの・・・。

























■蛇足



最近よく聴いている(もしくは聴いていた)音楽



『変態さんのための変態系ロック』



この間消されちゃったのだけれど、この動画、とっても自分の好みにど直球で秀逸でした。
特に、1曲目から3曲目までと、最後のほうにある「ザ・キャプテンズ」と呼ばれるアーティストは個人的にとても素晴らしいと思う。


<参考>


●1曲目

曲のノリとかテンポとか、大好き。
個人的には、歌詞が最近の自分に少し似ている・・・。




●3曲目

イントロからの疾走感が素晴らしい。
聴いててとても心地よく心にグングンくる。





●キャプテンズ

愛すべきバカというか、わたしこういう人たち大好き。
キャプテンズは、このなんともいえない「ナウ」さとボーカルである「傷彦さま」のキモさが美しさがとてもいい味を出していると思う。






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