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個別記事の管理2009-01-22 (Thu)

さいきん



「そう」と「うつ」を繰り返してたりします。






躁と鬱っていうか、




…奮起と自己嫌悪?^^






自分ダメだ^^;

少しでも思考する時間を与えると、すーぐ悶々と考え込んじゃって悩んじゃう^^;


考えたって意味ないよって、
     考えるほどの悩むほどのことじゃないだろって、

悩む前にもう『結論』でてるだろ…って・「決着」ついてるんだからいい加減にしろって、



分かっちゃいるけど、 馬鹿なんだよなぁ…。




ほんっと、
自分でもやになっちゃうよ。




自分でもバカなほど「悶々」を繰り返して、

「悶々」がやーっと終わったなーって思ったら、




今度はすーぐ「めそめそ」してやんの。





助けを求めて、
救いを求めて、
優しさを求めて、

手を差しのべてくれることを求めて、
     迎えに来てくれることを求めて、




ずっと受身で、
自分では何も出来なくて・しようとしなくて、


ずっとずっと泣いてばかり。


”たすけて”
”たすけて…”って、




いつまでそうやって惨めに泣いてるの?

いつまでそうやって助け求めてるの?




助けなんてないんだよ。
救いなんてないんだよ。


誰が助けてくれるというの???

誰も助けてなんてくれないんだよ。
自分でどうにかするしかないんだよ。







ずっと泣いてる自分に嫌気がさして、
自分らしくなさに嫌悪感がして、


精神疲れてて力ないけど無理して奮起してカラ元気だすんだけど、




カラ元気って、出してるときはいいんだよ。


問題は出したあと。




カラ元気を出せば出すほど、長く続ければ続けるほど、

”楽しくあれ””明るくあれ”と努めれば努めるほど、





だした後、

 
     …「反動」が大きい。





から元気で過ごしたあと、
家に帰って自室に着き、コートや荷物などをおろして椅子に座ったりしてふと落ち着いたりすると、




たちまち「ソレ」はやってくる。






無力感
虚無感
自暴自棄
自己嫌悪
哀しみ
自分への疑問感



いろんなものが、一度にぐわーっと押し寄せてきて、

飲み込まれる。





しかもタチが悪いのは、


「カラ元気」やった時間よりも、

「カラ元気」をやったことによる・そのあとの「うつ症状」のほうが、




「カラ元気」をやった数時間よりも断然長いってこと。

                   ずっと続くってこと。






感覚としては、


「カラ元気/Full 1日」 : 「鬱/約3日」 



みたいなw



なんなんだよもうw


不公平(?)っていうかバランスが最悪すぎるww



対価が大きすぎるww







その鬱の期間が続いて、

それじゃ駄目だろって思って、

奮起して、



で、またカラ元気出して、




カラ元気を出すからまた当然の如く「うつ」がやってくる…と。





なにこの流れ(^-^)




あーもー…。


 
      
















他のひとは知ってるかわからないけど、

       気づいているかわからないけど、





わたしには

「弱い自分」と「強い自分」がいる。



「穏やかな自分」と「サバサバして冷たい自分」。

「まわりと調和しようとする自分」と「自分だけで突き進もうとする自分」。



いつも他人に依存して、助けを求めてめそめそ泣いてる、
気の小さな弱い自分と、





他人を信用していない、信じられるのは自分だけだと自分にあだなすものをすべて排除し損得だけで行動する
ドライで冷たい自分。




どちらも「わたし」であり、
「二重人格」でも、「性格を作っている」わけでもないけれど、



存在比率的には 

「弱い自分」7:「強い自分」3

みたいな感じだったりする。



通常は、「弱い自分」で動いているけれど、


弱い自分ではいけないし、弱い自分が物事に耐えられなくなって消えそうになったとき、
「強い(?)自分」が現れる。 




どちらの自分が正しいとか、悪いとかっていうのは分からないし決められるものでもないと思うけど、


でも、

性格があまりにも違うから、他のひとはギャップに恐く感じるみたい。









さいきんは、



「弱い自分」と「強い自分」が入り乱れてる。





二人の自分がぐちゃぐちゃに現れる。










なんだかなぁ・・・。





================


○ひとつめの「Pray」






■すきなひとのこと





やっぱね、




私はダメだとおもう。





私ってホント嘘つきだし自己中^^;









やっぱりね、




私は好きな人のそばにいちゃいけないとおもう。







甘えちゃうんだ。







どれだけあの人が無理しててもね、

どれだけあの人がかわいそうだと思って気を使って下さってるだけと分かっていてもね、


どれだけあの人が苦しそうな顔を一瞬したのを見逃さなくてもね、









私って最悪な女なんだ。








わたしはあのひとの「やさしさ」に依存してしまう。




甘えちゃうんだ。












やっぱり好きな人には今後ものごとは少しでも頼らないようにしないといけないと思った。





そうしないと、





ほんの少しのココロのスキマから、



ポロポロポロポロと「甘え」とか「未練」とかいろんなものがこぼれてしまって、


「少しなら」とか「これもこれも」とか

自分に甘すぎる私は

どんどんどんどん背中にのしかかって依存してしまうんだ。






好きな人に心を許したら駄目だ。






この感情は、私の心はがんじがらめにして、絶対にださないようにしないと駄目だ。






好きな人なんかに頼っちゃいけない。




自分で何とかしないといけないんだ。




























最近は、自分の心にわざとあら塩を塗りつけるようなことをしてたりする。




もちろん、相手の迷惑にならない範囲でね^^;



わざと自分をつらい状況に立たせて、
わざと辛いシチュエーション作って、
思い出したくないことをわざと心に思い出させて、


心に分からせようとしてたりする。

『…。 …だから、無理なんだよ。』
『ホラ、今見たでしょ?? あれが本来の姿であり、ふさわしいことなんだよ。』
『いつまですがってるの? ホラ。逃げるんじゃない。 ちゃんと現実を直視するんだ』



分からせようというか、
わざと自分に辛いものを見せて、何も知らなかった昔の幸せだった記憶を『好きな人の記憶=辛い記憶』と認識させて近づかないようにさせようというか、

自分に、『ほら、辛い…でしょう? 辛いってことはやっぱり上手くいかないってことなんだよ。』って暗示をかけてるというか
頭の中で合理化をさせて必死に諦めさせようとしていたりする。


















すきなひとは優しい。






とても。


とても。




優しくて・・・




…泣きたくなるほどに。













泣きたいっていうのはね、嫌だっていう意味じゃないよ。





この間の状態に戻ったりするのだったら、

それならずっと今の状態でいてほしい。





私はきっと今、すごく贅沢なんだ。









たぶん今ってすごく幸せなの。







好きなひとが私なんかに気を使ってくれて、




昔の、何でもなかった普通の関係に戻れるように頑張ってくれてて、




私といても気まずかったりめんどくさいだろうと思うのに、
穏やかな空気で接してくれて、普通を装って接してくれているんだ。

ときに、仕事会話だって話しかけてくれるときもある。




これほど幸せなことってある?










この間のときは、
もうこんな日々は絶対に来ないんじゃないかと思ってた。


私が勝手に想いをおしつけて、答えをせまって、関係をぶっ壊して、

それなのに。。。







それが今・・・。






贅沢すぎるよ。


























でも…







…。









私は…すごく感謝している…。



とても…嬉しいよ…。




嬉しいの…。










でも、…






その「嬉しい」という感情に…





何か別の「嬉しい」が混じっているのは何故だろう…?



純粋な「嬉しい」の片隅に、とても小さな、

”純粋でない”「嬉しい」が混ざっているのは何故だろう…?










ものすごく、


申し訳ない…。



早く忘れなきゃって思っているのに、
自分のしなきゃいけないこと、ちゃんと分かってるのに、







本当に、

申し訳なさ過ぎる・・・・。































だけど、

その「嬉しい」の直後に、




自分がそんな違う『嬉しい』を感じていることに、とても悲しくるのも事実・・・。









ひとつは、

人が折角努力してくださっているのに、それが分かっているのに
その恩を、その厚意を
私はまた踏みにじって違うことを考えているということに対する相手への申し訳なさと、自分への呆れ。








もうひとつは、

私がその違う「嬉しい」を思ったところで、その感情を・その願いを、

どうすることもできない・私にはもうどうにもできない苦しみ。

この「嬉しい」には、やり場がない/この感情には、やり場もなければ先もないという…感情。







そして、最後のひとつは、


今挙げた上の二つが分かっていて、理解していて尚且つ、

それでも私は、

それでもなお

「(嬉しい)」…と感じてしまうこと。





すごく悲しいけど…なんだか自分に対して、愚かすぎて呆れ笑いすら出てくる。


ほんっと、





馬鹿だよ…( ̄ー ̄   










大馬鹿者だ・・・・。




































それでも



やっぱり、



「嬉しい」は・・・・駄目だよなぁって思う。



最近は「嬉しい」が心の中を侵食しはじめてるし。



振られてるのにだよ?^^
ほんと自分って馬鹿( ´ー`)

馬鹿以外の何物でもないと思う( ´ー`)












まぁでも、






でも(?)多分大丈夫。




たぶんすぐに現実にはたかれて、この燻火も枯れるだろうから^^








それに、
私の、相手から見た印象って絶対どんどんと悪くなってるだろうなって最近思うんだよね。



多分「めんどくさい奴」で、「重い奴」で、「ストレスたまる」って内心では思われてるよ。


シフトとかかぶれば、「(あぁ面倒だな・・・)」ってきっと思われてる。

かぶらなければ、「(よかった…)」ってホッとされてるんだろうな。





最近ありがとうも全く言えなくなっちゃったしね。


まぁ、その「ありがとう」だって、
別に相手は私の為にやってるわけでもないし、店の状況的にとかでやってくださっているだけだと思うから、「ありがとう」なんて私から言われてもキツいだけかもしれない^^;

でもそれでも、
自分の仕事終わったのに手伝ってくれたり、自分が(私のほうね)忙しくて動けなくてどうしても困ってるときに手伝ってもらえると
どうしても「ありがとう」って伝えたくなるけど、

私ね、自信がないんだ。




何の自信だと思う?^^






純粋な気持ちだけで、
「ありがとう」って言える自信が、なんだ・・・^^;



普段自分自身いままでのことをリセットしようとしてるし、
誤魔化してるっていうよりは気持ちを落ち着かせようと努力してて諦めようとしてるから、

最近は通常時はわりと穏やかに普通に接せれるようになっていると思う。

過度な接触をしなければ、「普通モード」でいられる。
話しかけられても、急とか不意にとかでなければ応対することも一応はできる。



でもね、

自分からの接触は…まだ駄目なんだ^^;


やっぱり、意図してなくても・伝えたいとも思ってなくても、

違う「感情」が表情に・声音に混じってしまうんだ。


声にね、「色彩」が入ってしまう^^;



わざとその色を「黒」にしようとか、「グレー」や寒色にしようとかは思ってないけど、
でもね、できれば特に明るくはない普通の色で、淡色か単色でいたかったんだ^^;


「平静」でいたかったんだ^^;







それは、

「平静」「冷静」でないと、
いつまた自分の中で閉じこもってる「存在」が目覚めてしまうか分からないという「不安」(自分のことなのにね^^;自分なのに分からなくて自分に恐れてるなんて馬鹿だよね^^;)もあるし、


そんな色でないと相手をまた苦しめたり恐がらせてしまうだろうという「申し訳なさ」でもあるし、


相手の嫌がる顔・表情の強張る顔を見てこれ以上もう傷つきたくないという自分の中の「恐れ」でもある。








最近はそんなかんじで、ありがとうも殆ど言えなくなってしまったの^^;





あとね、


最近それにプラスして、「可愛げ」も無くなってるかなw^^;







いや、「可愛げ」自体
私にはもともとゲージが足りないんだけどね^^;


ただでさえ足りないのに、最近は多分もっとなくなってしまった^^;



「(意識しないように…意識しないように…)」とか、「(甘えちゃダメだ・・・自分でやらないと…っ)」とか、「(あ!今おもわず相手に笑いかけてしまったけど、大丈夫だったかな;;変な感情、混じってないよね…?;;)」とか
考えれば考えるほど、きれいに(=自然に)笑ったり話したり出来なくて、


変な感情混じって失敗するくらいだったら、笑ったり自分の感情を出す・「機会」すらを、(避けるまでいかないけど自らチャンスは作らなかったり初めから回避することができる程度に)、減らしてしまえばいいんじゃないか・・・?とか思ってしまう。


「色」の混ざった会話で相手の心を重くさせる(=苦しめる)くらいだったら、
「可愛げのない奴」とか「つまらない奴」って思われて自分の評価を下げることになっても、相手をムッとさせることで済むだけのほうがいいんじゃないか・・・?とか思う。


ダメだなぁ・・・w













なんかますます、相手の「好み」から離れていってる気がする^^




まぁ…
近づいたところで私にはどうもしようもないから、いいといえばいいし多分私には関係ないことなのだろうけどね^^;           







     最近考えたの。








店長は好きな人のことを、ずっと前「年下好き」って言ってたし、

10日位前のときだって、なんかの話題のときに似たような話がでて、
他の人も「見ればすぐ分かるよね。すごい好きだよね」「多分これからもずっとそうだよね」みたいなこと言ってた。

私はそのとき、「そうなんだー」とかも言えず、
そこがおかしいところかどうかも分からないけどとりあえず普通でいなきゃと思ってハハハ~^^って笑っていたけど、


あのあとポツリポツリとだけど、少しだけ考えてた。








みんなはあの人のことを「年下が好き」って言うし、
実際確かに見てるとそんな気もするし、
私も最近そう思うけど、


そもそも「年下が好き」はいいけど




『年下』って、どういうことなんだろう…?





「年下」っていうけど、

それは単に単純に「生まれた日が自分よりも後のほうが(数字的とかの理由で)なんとなくいい」とかいうワケじゃないよね…?



年が単に下であれば何でもいいっていうわけじゃないだろうし、数字の問題じゃないと思ったんだ。

もっと、「年下」っていうのはきっと抽象的なもので、
あるキーワード(ポイント)を示す一種の『象徴』なんじゃないか・・・?って思ったの。






じゃあ、




その彼のいう、彼の望む
その「年下」っていう条件の、



『年下』の定義とは何か・・・?








ちょっと考えてみた。











そしたらね、






間違ってるかもしれないけど、
違うのかもしれないけど、





ある仮説に思い至ったんだ。






それはね。





彼の望む『年下』、その『としした』っていうのは、多分

















    自分のことを慕ってくれて、自分のことを頼りにしてくれて、
    ときに自分のことを、男として、一歩下がって立ててくれる存在。

       ”妹”みたいに、思わず守ってあげたくなる存在。
              そして、無邪気で素直で、明るく笑っている存在。

だけど、
そんな子なんだけど、そして自分は男としてリードできる存在でいるつもりだけど、
心のデリケートな部分では、内面的・精神的な面では、
自分をときに少しだけ甘えさせてくれる優しさや、自分を見守っていてくれる母性というか女性らしさ・強さみたいなものを併せ持っていて、

上から目線でも、厳しく冷めた物言いでもなくて、
逆に、見上げすぎる目線でも、完全に「おんぶにだっこ」というわけでもなく自立していて、

 
       優しく笑いながら、
           ときに少しだけ自分をいさめてくれる様な存在。
           冗談交じりで、自分にダメだしをしてくれるような存在。   』







かれが望むのは、



そんな女の子なのではないだろうか・・・・?って思ったの。




多分、彼が望むのは、 ・・・そんな存在。












あはは…^^







わたし全然違うね(*^-^*)















あとはその中に、


『話しの合う子』 『自分とベクトルが同じの子』 『気を使わなくていい子/話してると楽しい子』

っていう基本キーワードが、入るんだ(*゜ー^*)


あと、『若くてかわいい子』っていうのも入る(^▽^)







基本キーワードていうか今の3つ(4つ)じゃなくても、
さっき挙げた「年下」の定理っていうのは別にあの人だけが思っている特殊なこととかじゃなくて、


多分世の中のどの男の人も、
多かれ少なかれ多少考え方に違いはあるけれど、心の奥底で思っている心理であると思うんだ。




女の人の、「やさしいひとがいい」とか「頼りになる人がいい」とか「背の高い人がいい」とかみたいにね^^








だから別に、特に変わったことじゃない。


むしろこれが普通なんじゃないだろうかって思うんだ。

















でも悲しいな^^















やっぱり自分、全然駄目だもの^^






これじゃいくら(ひとり勝手に)頑張ったって、追いかけたって、



無理なはずだね(*^-^*)












やっぱり私は、
下がってるしかないよ^^



   






最近ね、今の恋(今っていうかもう終わってるけど)のことで
これから先のことを想像してみてるんだけどね、

やっぱり未来なんてないなぁって思うの。


今の人の恋もそうだけど、
恋だけじゃなく、今のバイト先で働くことについてもね。
この先続けてもあんまりいい未来は見えてこないんだ^^;

だからそれならすぐ「やめますか?」っていうと、それもまた難しい話で、
簡単に「はい、じゃあそうします」っていうわけにもいかないんだけどね;





恋のことでいうなら、

私がこの先ね、この想いをくすぶらせ続ければ続けるほど、
どんどん状況は厳しいものになって苦しくなっていくと思うんだ。



早い例で言うなら、目下に迫っている「バレンタインデー」がそう。

もうシフト表を早いうちに書いてきてしまったけど、
私はバレンタインの前後はバイト入れられなくなってしまった。

あ、別にわざわざ入れたいわけでもないけどね…?
とりあえずバレンタイン近くの日のシフトは入らないように記入してきた。



バレンタインにさ、シフトなんて入れないよ。

だってそうでしょ?
もし私がバレンタインの日にシフト入っちゃって、相手もその日シフト入っちゃったら(ホールの私はともかく相手はキッチンが2人しかいないから2分の一の確率)、
私がチョコを持ってくるんじゃないだろうかって相手は不安でしょう。
私がチョコを持って来なくても、「この人俺のことすきだったんだよな…」とか、
”バレンタインデーの日に、振った相手と振られた相手が1日過ごす”とか年末のクリスマスじゃあるまいし、目茶苦茶気まずいでしょう?
むしろあのときは、「聖夜」というイメージはあってもプレゼントを渡す渡さないは恋人同士じゃないと発生しなかったから良かったけど、今回は思いきり「恋」を謳ってる。「恋人」達の日でもあるけど、むしろ「告白」のほうが大きいのでは…??
そんな日に会うとか、無謀すぎるでしょう。

私がチョコを持って来なくても(来なくてもっていうか、普通に考えて持って来ないけど)、多分、ホールの他の女の子が義理チョコを持ってくるかもしれない。
そうしたら、私がいたら、相手は普通には受け取れないわ。
その女の子が悪いわけでも、チョコが嫌いなわけでも何でもないから、多分相手は受け取ると思う。
でも、多分私と相手・相当気まずいと思うんだ。
そして私も、そのチョコに特に意味はないと分かってはいても、多分精神的にズタズタになると思うんだ。
「あの日」が良い例かもしれない。
「あの日」はズタズタとかそんなことはなかったけど、ちょっとだけ傷ついたな^^;



逆に、私がシフトに入ってて、相手が入ってなくても、
それはそれで私は苦痛だったりするんだ。

なぜなら、
・・・疑心暗鬼をしてしまうから。
疑心暗鬼も嫉妬もなにも、お門違いで私にはそんなことする権利もないししたところで意味もないんだけどね^^;
でも多分無意識的にしてしまって、苦痛になるんだろうな^^;



だけど、

まさか相手に「シフト入らないほうがいいですよね」とか相談するわけにもいかないし(しようとも思わないけどね;)、

「事情」知らない店長に「シフト変えてください」とか「被らないようにしてください」っていうわけにもいかない。





だったら、

私から、 

「引く」しかないんじゃないかなって思ったの。


確か相手のほうは、バレンタインの日はシフト一応入れるようにしていた気がする。
それならば、私のほうから引くのが懸命なんじゃないかなって思ったんだ。

そうすれば、相手だって多分ホッとして安心してくれると思うし、それを望んでるとも思うんだ。
そして私も… ううん、私が、…

苦しまなくて済むと思ったの・・・・。



一番”大人”な選択は、私が早く気持ちを入れ替えて、バレンタインデーもシフトに出ることかもしれない。表情を変えずに穏やかにいれること・素直に喜べることが一番かもしれない。

でもごめん…私まだそんな”大人”にはなれないみたいなんだ・・・(*ノー^;)

ごめんね…?;;


もう諦めてるのに、再リベンジしようとかも思えないのに、
それでもまだ、嫉妬心だけは消せないんだ・・・。




嫉妬心とか、バレンタインのことでいうなら、
話は例外になるけれどこんな辛いこともある。
ものすごく心の汚い話になるけれど、もしよかったら聞いてね。

私は、相手とバレンタインが過ごせても過ごせなくてもどちらも辛いしそれも苦しいけど、
多分私は、それがなくても苦しいの。

それはね、
私のお姉さんに、前日と当日、バレンタインのことで手伝ってあげなくてはならないこと^^;

私のお姉さんには彼氏がいるんだけどね、
いつもデートのときとか・誕生日のときとか、イベントごとのときとか、
デートにきて行く服とか髪型、持って行くプレゼント・料理などいろんなものを手伝ってって頼まれるんだ^^;
お姉さんいわく、私は一応美術科で美的センスがあるから、そのセンスがある人にチェックしてもらいたいんだって^^;

あとはお姉さんの場合、彼のほうから告白されて、今もその立場は変わってないから、よくデートとかプレゼントの内容とか、めんどくさがってたりするんだ。
「今年無しで良いかなぁ?w」なんてセリフ、一体何回聞いただろう^^;
その度に、お姉さんの彼と私の立場がなんだか被ってしまって、「いや、それはないでしょう!?^^;」
とかいって私が選んだりチェックとかしているうちに、いつのまにかいつも手伝う流れになってしまった。

私も別に、いつもはいいよって普通に手伝ったりするし、多分今年のバレンタインもそうすると思う。
去年のクリスマスだってそうした^^;

でもね、


多分今度のは、今までで一番辛い日になると思う^^;

自分は行けないけど、
デートに行く服を決めて、髪型を決めて、「明日はどこどこにいくんだー」っていう話を聞いて、
自分の為ではないチョコを作って(正確には、手伝いつつ、作っている人の横で見る…かな)、
「わたし今夜夜ご飯いらないからー」っていう言葉を間近で聞いて、
去年と同じくお姉さんの彼氏が家までお姉さんを迎えに来て、

二人を見ながら笑いながら「いってらっしゃい^^」って言ってお見送り…^^


去年もあった事なのに去年と同じことなのに、
チョコとか関係なければいつもあることなのに、

多分次のバレンタインは一番辛く感じるかもしれない…^^



駄目だね。
ほんっと心汚いよね。お姉さんとか全然関係ないのに。
やつあたりもいいとこだよね。
嫉妬とか、どうして私は心穏やかに応援することができないんだろう??
純粋に祝ってあげることが出来ないのだろう???

だから、こんなだから駄目なんだよ。
こんな心が汚いから、駄目なんだ。








でも、




たぶん




             「どうして…?」






って考えてしまうんだよ。



考えても意味のないこと。どうしようもないこと。
普段は考えないようにしてること。

でも、


考えてしまうんだ…。











その「どうして」に、

みんなはこう言う。





「●●(=私)はね、いつも追いかけてしまうからいけないんだよ」



「●●もさ、自分を愛してくれる人にしなよ。
わたしから見れば、どうしていつもそんなことばっかりしてるのか意味が分からないw 
自分を愛してくれる人がいる・たとえ自分が本当に好きな人ではなくても、自分を愛してくれる人がいるんだったら、その人にすれば良いじゃん^^ その人だったら、自分は好きじゃないかもしれないけど自分のことをだれよりも大切にしてくれるよ?♪
自分を好きだって言ってくれる人にリードされて・愛されて、何が不満なの?^^
●●ももっと「らくちんな恋」をすればいいのに(*'∇')」 



「●●(私の苗字)ちゃんはさ、きっと     『愛される』よりも『愛したい』人なんだよ。
もともと愛されるっていうこと自体一般的にはそうたくさんあることじゃないのに、
●●ちゃんの場合はそのなかから、
『愛されている』上にさらに自分もその人を『愛している』という、
『両思い』という奇跡にも近いことを望んでいるから、恋が実らないんだよ。
世の中のみんなはもっと簡単に恋を捉えているし、『両思い』なんてほとんどないよ?w
みんな世の中「妥協」だよ?ww「妥協」しときなよwww」














「妥協」…







みんな・・・ そうなのかな…。






みんなはそれでいいの…?







お姉さんの彼もそう。

多分あの人は分かっていると思う。

それでも尚、お姉さんについていくのは何故…?

その人が愛してくれなくても、そばにいてくれるというのだから良いということ…?
それなら幸せなの…?
それとも、むしろ、お姉さんだけでなく、彼も違う意味で「妥協」しているの…?






みんな「妥協」なの・・・?

















「らくちんな恋」って何だろう…?






わたしもその「らくちんな恋」をすれば、






「幸せ」になれるの…?
今のこの苦しみから、救われるの…??













他の人も、
私のことを今想ってくれてる人も…





それでいいの…?




それで…   


本当にいいの…??















…ってごめん。


話が脱線しちゃったね。



バイトとか、今の恋の話に戻るね。




今の私の恋は、この先続ければ続けるほど、

行き場をなくし、
出口をなくし、
救いもなく、
追い詰められるだけで、
現実をまざまざと見せ付けられて、

心が死んでいくだけだと思うの。







私が想いを捨てれなくてくすぶり続ければ続けるほど、


相手は警戒し、避け、次第にめんどくさくなっていき嫌われていく。



日々は過ぎ、あと1ヶ月あまりもすれば、
3月になり、
現在のバイト内での最年長の子が卒業していく。

次の最年長は、…私なの。

いま、好きな人とは同学年だけど、それは私が一年浪人したからであって、
もう、今の先輩がバイトを辞めてしまったら、次はいないんだ。

もうひと月経ち、4月になれば、
次の新しいメンバーがたくさん入ってくるようになる。
でも、たいてい入ってくるのは、新しい大学新1年生だよ。
「年下」しか入ってこないんだ。

4月じゃなくてもそう。
これから先、私と同年齢とか私よりも年上の人が入ってくることなんてまずありえない。
だって、本来なら私の年の子は、就活やってる時期だから。

来年なんてもっと悲惨だわ。
私は4年生だけど、私の年の子はみんな大学卒業して働き始めてる年で、
ますます浮いてしまう。
ますます「年長」になってしまう。


ずーっと私は「年上」で、「最年長」で、立場はずっと変わらない。
変わるのは、顔つきとか、若さが損なわれていくということだけだわ。


それなのに、入ってくるのはずっと「年下」の子で、
    新しい「年下」が入ってくるたび、私がもしこの今の想いを続けるのなら、
  そのたびに私は嫉妬して、ヒヤヒヤして、泣き続けることになる。

でもそうしたって、何も変わらなくて、
変わらないどころか、好きな人にはますますめんどくさがられて、
さらに、若くもない「年上」が、しつこく付きまとって、
みっともないし気持ち悪がられるだけなんだ。



好きで「年上」にも、「年長」にもなりたいわけじゃないのに。











バイトで働くこと自体もそう。
わたしは、いつまでも甘えていたいのに、
いつまでも、「先輩」になんてなりたくないのに、

時間は待ってくれなくて。
次の春から、嫌でも「先輩」「お姉さん」の立場にならなきゃいけない。
弱音とか、ますます吐けなくなる。
いつでも、「頼りになる強い存在」でいなきゃいけなくなる。
常に、張り詰めた気持ちのままでいなきゃいけなくなる。
常に、「お手本」という言葉と、「責任」という言葉がつきまとう。


でも、自分自身実際
人に興味なくて、人に物を教えるのも好きじゃなくて、好きじゃない以前にとても苦手で、

それに、多分今現在もほかの子は気づいてるけど黙ってるのだと思うけど、
わたし、とても要領悪くて物事をやる効率が悪いんだ。
ぶっちゃけ「使えない」んだ。

あと、これは女の子にしか感覚が分からないかもしれないんだけど、
私は実際、昔からいわば「地味系」で、
女の子たちの派閥の中では、男の子には感覚が分からないかもしれないけど、
いわば『支配される側』の人間だったんだ。
それなのに、今も現段階でそうなんだけど、
今私の”下”にいる子は、後輩の子は、
いわば「キャピキャピ系」というか、要領のいい小悪魔系というか、
『支配する側』の子たちなんだ。
最近入った子なんてもっともいい例。もしあの子が年下じゃなくて同年齢だったとしたら、絶対にそりに合わなかったしむしろ指図とかバンバンされたりいじめられたりしそう。

ともかく、

今は一応年齢的に立場が上だから「慕う」素振りはしてくれているけど、

上に立つだけの実力が伴ってないから、多分裏ではいろいろ言われてて、散々なことになっていると思う。



それなのに、
上に立たなきゃいけないの…。
「しっかり」していなきゃいけないの…。
ますます「大人」でいなくちゃいけないの…。





あとね、
実力伴ってないのに、
私は今もそうだけど、ほかの子よりもお給料を少しだけ時給多くもらってるんだ。
だけど、『使えない』。
『使えない』どころか、最近は12月の飲み会の一件で、私のバイトに対する熱意やモチベーション・店長に対する信頼する気持ちがなくなって来ていて、ただでさえ飲み会のときの言われてたけど「融通利かない」「ややこしい」のに最近は店長にはもっと嫌われる人間になっていると思う。
バイトもポンポン休みいれるようになったしね。入ってって言われても入らないしね。
『使えない』私の、唯一のとりえだった「ひたむきさ」も・「やる気」も・「熱意」も、みんな無くなっちゃった。
今もそうだし、これから先になれば就活とか教育実習とかでますますだめになっていくと思うけど、
「たくさんバイトに入ってくれる」っていうポイントも私には無くなってしまった。
私の2年前がそうだったけど、それができるのは、新しい1・2年生の子だけだよ。


「使えない」のに、「年が上」というだけでお給料ばかりがかさんで、
融通利かなくて、可愛げなくて、頑固で、躁鬱激しくて、わがままで、
『要求』ばかりいっちょまえにするだけの『お局』なんて、

要らないでしょう・・・・?




私がいる意味ってあるのかな。
私がいていい理由ってあるのかな。

私なんていてもいなくても、一緒なんじゃないのかな。
むしろいないほうが、いいんじゃないかな。



そう思うんだ…。













こんなこと言っても意味ないけど、

昔は本当によかったな…^^;

1年半前に戻れたらよかったのに…。




1年半とか2年前だったら、
何にも考えなくてよくて、難しい悩みも何もなくて、
店長が私のこと好きじゃなかったこととかも知らないままで済んでて、
ただひたむきに、バイトを愛する気持ちだけで、前向きにがんばってこれた。
あのときはバイトが本当に楽しかった。
毎回バイトが楽しみで楽しみで、シフト開始時間の20分前までにはぜったい来てて、シフトはいるときもあがる時も、サービス残業とか好きでしまくってたくらいだった。

私のことを守ってくれる先輩がいて、誘導してくれる先輩がいて、まるで私を本当の妹みたいに大切にしてくれて扱ってくれる先輩がいた。
仲良くしてくれる同期の女の子がいて、私がいつまでも『研修中』のプレートが取れないのをずっと心配してくれてて、
飲み会で居場所がなくて肩身狭い想いをしてる私をいつでも気遣って輪の中にいれてくれる先輩がいた。

私に仕事を教えてくれたり応援してくれるやさしい「メガネの先輩」がいて、その人を、私は愛していた。その人のことを考えているだけで幸せだった。

私のことを気に入ってくれて、いつも冗談言ったり私に構ってくれる男の先輩がいた。
その先輩は、”●●”(=私のこと)研究中。ぽんぽこぽーん”って書いたプレートを自分の胸につけて
働いてくれたりしたっけ^^
本当に、毎日楽しかったな。


あの日々が、ずーっと続けばよかったのに。



いまはもう、そんな楽しい日々もなくて、

いまはもう、そんな私を助けてくれる人もいなくて。




あるのは重い「現実」と、いらない「立場」と、苦しいほどの「責任」だけ。





もうやだな。


つらいな。






すべてを捨ててしまいたい。





全てを投げ出すことができたら、全てをリセットしてしまうことができたら、


どんなにいいだろう?










せめて今の恋だけでも、



自分の心を全て捨てて灰にすることができたらな。

いいのに。




















ごめんね。



また精神状態がおかしくなってきたから、終わるね。




●もうひとつの「Pray」と、最近のわたし














さいきんは、この気持ちで、心奮い立たせてバイト行ってる。

kisuhagu1.jpg










でもね、

・・・






kisuhagu2.jpg













◎「腐」というかオタク的観点で自虐的に曲を選んでみる。




しゅ、出典はともかくとして、曲はセフセフだとおもうからさ!!

え?これをセフセフとか行ってる時点で自分がNG??




どうみてもアウトです。

本当にありがとうございました。






心境的に、カイトの「○○ばいいのに」(←一応伏せとく;)のPV貼らなかっただけでも許してください…OTZ
恋愛ごとだけじゃなくても、最近いろんなことに疲れてて精神がいろいろマズいんです…orz




次書く記事は、学校のこととかもっと他の楽しかったことを書きますね;

あと、一年くらいまったく描いてなかったけど、
いまCGイラストを完成に向けて頑張っているので、次回辺りにブログに載せますね。
今塗ってるのは、一年放置してた巫女風の女の子のカットです。
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No title * by nishi
ゆづきさんが描く絵好きだから、
楽しみにしているね。

Re: No title * by ゆづき鴬李
ありがとうございます(^-^)
ちょっとがんばってみますね^^

個別記事の管理2009-01-12 (Mon)
※途中書きです。あともうすこし続きます※




あけましておめでとうございます。





一応生きてます。




メッセージとか返せなくてごめんなさい。


正直なところ、
未だ読めてないというか、読めない方もいます。



本当にごめんなさい。




前回にも書きましたが、


コメントとか返事は返せないです…

ごめんなさい…





それが

大変失礼なことであると、
礼儀知らずなことであると、…
非常識な行動であると、




分かってはいます。



でも、…










ごめんなさい…





今は、

どんな正論も、

どんなもっともな意見も、

どんなやさしい言葉も、






今の私には、

棘や鉛のように感じます…。





皆さんが仰っていることは、


とても正しいと思います。

私も、

その通りだと思います。


言いたいこともよく分かるんです。



理性では分かるんです。



分かってる。

分かってる。

分かってるんです。




分かってるけど




分かってるけど、






でも・・・













今はただ、



そっとしておいては…
       
       いただけませんか…。




























■現在












取り返しのつかないというか、




戻れないところまで、





最悪の結末に向かっています…。







向かってるというか、




もしかしたら、


もう既に、

「終わっている」のかな…。










多分、



私の自意識過剰とか、
   被害妄想とかでなく、



私は、





彼に徹底的に嫌われている…。







何故、



こんな風になってしまったんだろう…。






これが…




私の望んだ姿だったのかな・・・





これが…





彼を愛する・愛したということに対する、

全ての「結論」なのかな…



「結果」なのかな…。










あれからわたし、



一切追ってないよ…?





自分可愛さに嘘ついてるとか、
気がついてないだけとか、

そんなんじゃない。


誓ってもいい。
命だって賭けてもいい。





わたしはあれから、


あの人を一切追ってない…。










今までのたくさんの「経験」から、


追ったって仕方がないことは十分分かっているし、


追ったら余計に嫌われるだけだと分かっているもの…。



って「嫌われる」とか、
自己中な考え方ね…。


嫌われるなんてことより、





相手を追うことは、






相手を精神的に追い詰めることであるとわたしは思ってる。


絶対にしていけない最悪の選択だととわたしは思ってる。






だから


わたしは追わない。





追わなかったからといって、
何かが変わるわけでも、なんでもないけれど、



絶対に追ってはいけない。





一度押し付けた自分の「想い」を、

一度答えをせまった自分の「エゴ」を、


「自分が苦しい」というだけで、
再び相手に押し付けてはいけない。









良いとかいけないとか、そんなことじゃなくても、










それにわたしはもう、





追うだけの気力ももう残っていないんだよ。







わたしが今回の人だけじゃなくても、相手に想いを伝えるときは、



もう自分の心のなかで「限界」がきてるとき。



もうボロボロになって力もないのに、
最後に無理やりココロをかき集めて、
     なけなしのキボウをかき集めて、


                

すべての想いをたくしたときなの…。







そのあとに、




「現実」という大きなものを受け止めて、
               心に受け入れて、




やりきれない想いを・行くあてのない想いを、
「なぜ」「どうして」と現実と欲求と哀しみに暴走するココロを全て
無理やり納得させて、




そのあとに、









もう追って何かなるとか、何かが変わると思いこめるだけの希望も、



何ももう残っていないんだよ…。










あとね、





これは今回の人だけというか、


今までの人にはあまりなかったことなんだけどね、






今回のひとは、

わたしにとって今までとはちょっと違ったの。






わたしは、近年人間不信ぎみなのもあって、

余程信用した人じゃないと・
   愛した人じゃないと、
   気を許した人じゃないと、






わたしはこころを開かない。


多分、わたしを知ってるひととか
ブログを今こうして読んでくれてる人は、そのことよく分かるんじゃないかな。



心を開いてない人には、一線を置いてしまうのね。


あと、
自分は、


普段物事は全て自分でなんとかしないととか、あまり他の人に助けを求めたり自分の弱いところを見せるのが好きじゃないのね。


余程気を許している人じゃない限り、



私が人に甘えることはない。
私が人に頼みごとをすることはない。
「素」の自分で接することはない。
弱いところを見せることはない。

















今回の人には、

ちょっと心を開きすぎてしまったみたい。








あの人に接していたわたしは、





誰よりも必死でぎこちなかったけれど、

意地張って拗ねて素直じゃなかったけれど、     



けれど同時に、




今までのどんなときより、
      どんなだれより、



「そのまま」だった…

       「素直」だったんだ…。




取り繕ったり、誤魔化したり余裕ぶったりできないほどに、




わたしはあの人に心を許しすぎていたんだ…。






あの人に接していたあのときのわたしは、




仮面を被らない、





「ほんとうのわたし」だったんだ…。





あの、限りない”子供な”「私」こそが、




本当の…





「わたし」だったんだ…。









わたしはね…?




ほんとうは、










”コドモ”なんだよ…?





最近はいろんな人に、

『とても落ち着いて見えますね』とか
『品のあるお嬢さんみたい』とか
『年齢に似合わない』とか
『オーラが大人っぽい』とか


自分の思いや意思に反して
いろいろ言われるけれど、








わたしほんとうは、




そんな自分になりたくてなってるわけじゃないの…。




そんな自分嫌いなの・・・。






そんなのは本当のわたしじゃないんだよ…??




まわりのひとは私のこと、




物分りのいい子であると、

品行方正(?)みたいであると、

落ち着いている子だと思っているみたいだけれど、







わたし、そんなんじゃない・・・。






ほんとうは
誰よりも精神年齢低くて、
誰よりもわがままで、

誰よりも甘えたいと思ってる…。



誰よりも、

わたしだけに向けてくれる無償の愛を求めているんだ・・・。




いつまでも…お転婆でいたい…。

いつまでも…無邪気でいたい…。

いつまでも…難しいこと考えないでいたい…。



いつまでも…


ときを止めていたい…。






でも、

そんなのは無理で、




年齢や時間は待ってくれないし、


「責任」とか、
「常識」とか、
「年上」だとか
「立場」だとか、



いろんなものがわたしを追い詰める・・・・。




それがどうしようもないことであることも、


そんなことは言ってられないこともちゃんと分かってる。












でも…





でもね…?




でもせめて、

自分の好きになった人の前だけでは、


自分が愛した人にだけは、





その限りない、『コドモ』のままでいさせてほしかったんだ…。


         そのままの、小さな『自分』でいさせてほしかったんだ…。






そうしたら、

他のどんなことも、


他にどんなことがあったとしても、




わたしは頑張れる…。





頑張っていけると、そう思うの…。












・・・って、
話しずれちゃったね…。








とにかくね、
わたしは今回、あの人に心を許しすぎていたんだ…。






今はそのリバウンドが心にキて、






ココロがもう…

凍っちゃってる…。



あの人に対して想っていた自分の中に住む小さな「存在」はもう、


あの人の想いに、静かに鍵をかけてしまった…。




そしてあれから、



「わたし」はもう遠い奥底に閉じこもってしまって、




いくら呼んでも出てきてくれないの…。









あの人を見ても、


ドキドキもときめきもない。





あるのはただ、



電話の受話器を取ったときのような、





『ツー…・・・』という無音な静寂。





心の中は、




窓も無ければ入り口すらもない、

冷たく重い壁に囲まれた、薄暗くせまい「部屋」。










何も感じない。










ほとんどは「無」の感情だけ。








私はあの人に今も笑って接してはいるけれど、




もう、


こころから笑ってはいない気がする。





無理して笑ってるとかそういうのとも違う。


乾いた笑いとも違う。




とても穏やかに、

笑っているけどその微笑みに「感情」はないんだ。







私はあの人を眼球や視界には入れても、


「見て」いないの。

あの人の姿は目に「反射」はしても写ってない。


「認識」してない…。


見ているようで、すり抜けているの・・・。











そういえば、

初めてといえば、




こんなのも初めてなのよ?


今まで一度も無かったことなんだけどね、








私ね、初めて



自分で直接会って相手の目を見て想いを伝えようと思った人だったの。







今までは、
他の人に伝えてもらったり、メールで言ったり、相手から事前に振られたりと

振られた回数は多いのに、実は直接好きな人に声で告白したことはなかったんだ。


直接なんて無理だと思っていたし、しようとも思ったことなかった。







でも、…



何でなんだろ…。




この人はね…   違ったの…。






それは勝算があると思ったとか
自信があったからとか、

そういうことじゃない。




なんかね、直感で、


直接言わないと駄目だ…!って思ったの。


何が『駄目』なのかは自分でもよくわからなかったけれど、
どうしても自分の想いを、直接伝えたかったの。
あの人に聞いてほしかったの。


それは、
限りなく自己満足であり、ひとのことを全く考えていない

果てしなく自分中心な

「エゴ」なのだけれども。





そして、

結局、


「直接伝えたい」という私の望みは叶わなかったのだけれども。











でもアレだね、




直接告白ってさ、


やっぱ目茶苦茶恥かしいね。





恥かしいものだとはさ、分かっていたし理解してたの。


でもなんかあの時は、
これもまた今思えば不思議だったなと思うんだけど、
なぜかあの日は「恥かしい」って感情よりも「伝えたい」「聞いてほしい」って感情の方が勝ってて、


告白しようとした日、

初めのほうは、


すごくわたし落ち着いてた。

あまり緊張とかしてなかった。


初めのほうはわりと自然に話しかけれていたの。






でも、




いざ相手にバイト終了後に会ってもらえないかを聞いたとき、



話し始めは良かったんだけど、




途中から、まだ告白もしてないし予定聞いてるだけなのに、


いきなり顔がものすごく真っ赤になってパニックになってしまったんだ。





「ゆでダコのよう」とか、「沸騰してるやかんみたい」とはまさにこのことだったと思う。





もともと人見知りしやすい私だから、
緊張して顔が赤くなる経験なんて小さいときから今までにもそれこそ数えきれないほどあったのに、




あんなにも顔が真っ赤になったのは始めてだった。



顔が真っ赤になっただけじゃない。

あとで接客中に窓に映った自分の顔を見たら、


情けないくらいに目が潤んで泣きそうになっていた。








それくらいすごく緊張して、




ものすごく

恥かしくなったんだ…。






結局、
真っ赤になった顔は、


あのあとシフト時間が終わる3時間後まで冷めることはなかった。













あとね、




もうひとつ初めてのことがある…。





わたし、

今までその恋がたとえどんな結末を迎えようと

その人に関わるものを捨てたり消したりしたことは無かった。


どんなつらいメールだって、どんなくだらない物だって、


どんなにもう終わって昔のものだって、

未練とかじゃなくて、全て取ってあったんだ。



今だって残っているのよ。










でもね・・・、










今回の人のものは、







もう・・・捨てちゃった…。














捨てちゃった・・・。





あんなに大切にしていたアイスのカップも、

あんなに大切にしていた「ごちそうさま」のメモも、


あんなに大切にしていた「大吉」の恋みくじも、


               椿のチャームも、




あんなに大事な、

相手から最後にもらった

              

                数通のメールも、







すべて、


すべて捨てちゃった…。















何故捨てたのかって聞かれても、

正確な理由は自分でもよく分からないんだけど、







あてつけとかやけとかではない。











多分




辛すぎたのかな・・・。









それを直視し続けることが、近くにあることが、





とてつもなく苦しかったのかもしれない。









でも





もうそれも、



数週間前のこと。
























□振られてから今現在までのことを少し書きますね。






あれから、





20日になり、

私は短期のバイトをこなすため、今のお好み焼きのお店を4日間お休みしました。


今だからネタバレ(?)しますが、

わたしは短期で4日間、大学の近くのフジパンのパン工場で、クリスマスケーキ製造のアルバイトをしていました。


この4日間は、自分にとってものすごく充実したものだったので
途中ブログにいろいろ綴りたいと思っていました。

現実逃避だとか普段のバイトと比べてとかじゃなくて、
本当に心からものすごく楽しいと感じていたし、
いろんな年齢・立場・性格・考え方の人と話したり仕事をしたり、
接することができて、ものすごく勉強になりました。

特に、これはいまだに幸せなことだったなと思うのですが、
作業内容や製造ラインは4日間さまざまだったのですが初日に作業ポジションで出会いその後場所が変わっても4日間ずっと仲良くしていただいた、、

60代後半で冗談がうまいとても気さくな『くろだのおじいさん』と、
日本語が上手くてすごく綺麗で面倒見の良かったフィリピン人の『チェーリ』さん


わたしにとってとても大切な人となりました。

このお二方にはとても大切にしていただいたし、
おじいさんは60代後半・チェーリさんは37歳なのもあって、
おじいさんには娘みたいに接していただき・チェーリさんにはまるで本当のお姉さんと妹みたいに接して、教え導いていただきました。

本当に、いい出会いだったと思います。

フジパンのパン工場でのことで書きたいことは他にもたくさんありますが、
この件についてはこんな中途半端な形じゃなくて落ち着いたときにまた改めて書きたいと思います。








フジパンでの4日間(最終日23日)が終わり、

24日になり、



クリスマスイブとなりました。


私は、



バイト先で、朝からあの人と一緒にいました。




その次のクリスマスも、


私はあの人と朝から晩までずっとお店で働いていました。





そのあと、
年末もほとんどの間、朝から相手とずっと一緒に働いていました…。








皮肉ですよね…





告白とかそういうことするずっと前には

クリスマスに一緒にいられますようにとか、
少しでもシフト被りますようにとか、
冬休みはたくさんあえますようにとか、

あれだけ望んだことだったのに、


夏休みでの『一緒に盆踊り』ですらあれだけ頑張っても叶いはしなかったというのに、




いざ振られたのが確定してしまったあとに、
想いのやり場がゴミ箱にしかなくなってしまったあとに、
相手がいま一番私と会いたくないと思っているときに、




こうやってたくさん叶ってしまうんだ…。



クリスマスに、自分を振った相手とまる一日とか、

なんなんだろう…。




いや、
私は良いのかも知れないね。


いまさら嬉しいとか悲しいとか、今も相手とシフトが被っていると嬉しいのか嫌なのか自分でもわからないのだけれど、




とても皮肉な形ではあるけれど、”一応”は”願 い は 叶 っ て い る ”のだし、

振られて心は凍ってしまったが、仮にも愛していた相手の方がクリスマスにこんな私なんかと我慢して一緒にいてくださるというのだから、



きっと私は…


喜ぶべきなのだろう。



私はきっと感謝すらしないといけないのかもしれない。





それに私は、「こうなること」も分かってた上で
それでもなお、相手のことを考えず気持ちや立場無視して想いを押し付け答えを迫ったわけなのだから、



 

相手にどんな風にされても、
どんな風に言われても、
文句は言えない気がするんだ。



相手は「被害者」である。


私は「加害者」である。







私は自分のしたことに対する「責任」というか、「報い」を受けなければいけない。





私が「被害者」面するなんておこがましい。





私なんかよりも、
相手のほうが、


何を好きこのんで、
好きでもない、自分に迫ってきて愛の押し売りをしてきた重い女と一緒にクリスマスなんていう「いかにもな」2日を過ごさなくてはいけないのかって考えると、
もっと会うべき人というか、私なんかよりこういう日に会うに相応しい人もいたかもしれないだろうに、




とても申しわけないというか、


「元凶」が言える立場じゃないが、心境お察ししますと同情(?)心すら感じてしまう。







また私よりも、
よっぽど相手のほうがストレス溜まってるだろうし相手はきっと会いたくないと思ってて私を思いやる余裕もないであろうのに、
相手は無理して笑ってくれてて、
普通にしようとしてくれてて、


とてもとても、






申し訳なかった。






私はずっと、「普通」を頑張りながら、
自然に接して自然に微笑むことが出来るように努めながら、





心の中でずっと

ごめんなさいごめんなさい…ってずっと謝っていました。















クリスマスが終わり、年末になるにつれて、








私は相手に嫌われ始めていました。






やっぱり、私がどんなに「普通」を装っても、

      
諦めてもう追っかけていなくても、



少しでも早く、「何でもない日々」に戻れるよう今までの長い記憶を打ち消し心から消し去っても、





「あの事実」が、消えることはない。





私は、もうあの人に求めてはいない。
    
    「求めてはいない」というか、無理なことをちゃんと理解したの。






そもそも、やっぱりどう考えても、

私みたいな子を、




あんなに(いい意味で)普通の人が、明るい人が、



選んでくれるわけがない。



まわりにはもっと素直で・心から優しくて・楽しくて・一緒にいると落ち着いて、いい意味で考えてることが分かりやすい良い子や輝く子がたくさんいるというのに、
簡単(※良い意味で)な子がたくさんいるのに、

そのなかから、その中のすみにいる「異端」な私を選ぶ意味がわからない。


性格も気難しく、
何を考えてるかも分からない、
素直じゃなくて可愛げもない、
話も通じない、
心も汚い、
ただ唯一、外見を誤魔化しただけの見せかけだけの私を、
しかも以前は「ああいう風」であったという「いわく」ありの私を、


「やっかい」な私を、




どうしたらわざわざ、いろんな子の中から、
「この子がいい」と私に手を伸ばして選んでくれるというの…?



誰がそんなわけのわからないことをするの…?


誰がそんな、苦しむことが目に見えてわかっていて、
        苦労することが目に見えて分かっているのに、
        
                  わざわざ難しいほうを選ぶの・・・?





そんなこと、


するわけないじゃない・・・。





そんな奇跡、起こるわけないじゃない…。






普通に考えれば、簡単に分かることだったろうに。

むしろ考えなくても、すぐに分かることでしょう。





わたしは何を、愚かな事を望んでいたの。








これ以上相手の気持ち無視してあがく行動をして、

相手を追いつめることも、、苦しませることもしたくない。









相手が喜んでくれることって何だろうって、

ずっと考えていた。







色々考えていて、


相手は、考えてみると、わたしとの関係を進展させないようにして、バイト内での『平穏』を望んでいたのだから、




どちらかがバイト辞めたりお互い避けたり無視しあったりするっていうのは、相手の望むことではないかもしれないと思っていました。

そうしたかったのなら、私の長い追いかけをかわし続けたりせず、とっくに完全無視とか直接嫌いだと面と向かって言ってたのではないだろうか…?って思ったの。




相手の望むことが『平穏』ならば、

今のバイトを、苦しんだり憂鬱な気分になったりストレスを感じず続けることができることが、


彼の望む『平穏』ならば、




その『平穏』に早く、近づけれるように、戻れるようにするのが先決なんじゃないだろうかと思った。





そうして考えていると、


そもそもはずっと『平穏』で、






その『平穏』を、私が彼を愛するということで壊したのだから、



『平穏』とは、


私が彼に心を傾ける前の、

お互い相手の存在が、「バイトで一緒の人達のなかの、1人」であった、



お互い殆ど接触しなかった頃に戻ることではないかと思ったの。




もともとお互い、興味ある人以外にはわざわざ自分から話しかけたり会話をしたりするような性格ではないから昔はほとんど接触しなかった。








そんな状態に、いきなり戻れるとは思ってないし、


私がどんなに弁明したって・説明したって、
それがどんなに嘘のついていない本当のことであったって、

私の言う「もう安心していいよ」という言葉や態度に説得力がないのは分かっている。

相手が警戒し続けていることも分かっている。

その警戒が簡単に解けることではけっしてないことも分かっている。


早く解けろとも思っていない。





でも、
ずっと避け続けていたら、無視をしていたら、

それは『平穏』へと向かう道なのだろうかと考えてみるとそうではない気がして、




『平穏』に戻るには、今の「隠れてしまいたい」とか「会いたくない」と逃げ出したくなる気持ちを抑えて、
昔のような「普通」の態度と「普通の(バイト)行動」をして、
今までの一年のことを全て『無かったこと』にするのが一番いいんじゃないかと、

そう…思ったの…。




そして私自身も、

まるであの一年にあった・楽しくもあれば辛くもあったいろんなできごとが、
あの人とのいろんな記憶が、感情が、



幻であったかのように・

存在しなかったことだったかのように、



全て「無かったこと」にしてしまうことが出来たら、
消し去ってしまうことが出来たら、


もうこれ以上苦しまなくてすむと・
もうこれ以上無理に期待したりあの人を求めて追いかけてしまうことも
しなくてすむだろうと・
これ以上迷惑をかけなくて済むんじゃないだろうかと、


そしたら好きな人だって、
私のことをほんの少しでも重荷にに感じなくてすむんじゃないだろうかと・
好きな人だって本当は私の関与しない世界に戻ることを望んでいるんじゃないかと・





そう…



そう思ったんだ・・・。








だけれど、













何故だろう。













そうやって、










「普通」や「昔」を貫けば貫くほど、













関係は悪くなっている気がする。













次第にぎこちなくなり、









バイト内の必要会話ですら嫌な顔をされて、










行き帰りのあいさつすらも、”今までかつてない程に嫌”だというかのようにものすごく嫌々返される。

もちろん、相手からのあいさつはない。










被害妄想とかじゃなくて、
自意識過剰とかじゃなくて、







”本当に嫌だ”というオーラが、全身から伝わってくるんだ。

『ウゼェ・・・』と言わんばかりのオーラが、

ギロリとした目つきと嫌々話すそっけのない重い口調から


ものすごく伝わってくるんだ…。







『同じ空間に居たくない』と、言いたいようにすら見える。







土曜日は、無視をされるまでに至ってしまった。




振られてから一度も、事務的報告や会話以外話しかけてもいないし、
             必要なこと以外は喋ってもいないし
             相手のことほうを見てもいないというのに…。




土曜日は事務的報告すら、返事が帰ってこなかった。
他のホールの子が話す同じ内容には普通に返事もするし、話も続くというのに、

私の話すことだけは、全て無視をするんだ…。


 











ああ、





相手が望むことは、








もう、





『平穏』ですらないのかな…。









私はほんと、







「消えた」ほうがいいのかな。







目の前から消えることを、

私は相手から望まれているのかな…。










それを・・・のぞまれているような気がする…。








だってそうでしょ…?


もし昔の関係に戻りたいのなら、

私が追ったりアプローチとか再チャレンジとかまったくしてるわけじゃなく全てを昔に戻そうとしているのだから、
追うことなく恋心も何もかもすべて忘れようとしているのだから
リセットをかけようとしているのだから、

相手にとっては絶好のチャンスではないだろうか?




私を避けるだけならまだ分かるけど、



避ける…なんてものじゃない。






条件反射で避けちゃったとか、

気まずいから避けちゃったとか、






あれはもう、
そういうレベルじゃない。













でも・・・





アレだね・・・。








相手にそんな態度をされる度、




最初上のほうに書いた、

「相手を見ているようで見ていない」状態から・
電話の『ツー…・・・』という無の感覚から、




心にナイフが突き刺さりえぐられるという形で、


無理やり現実世界に引き戻される。
相手を見ざる得なくなる。


痛いという感覚が、

私の止まった心を…
動かなくなってしまった心を… 


無理やり動かせるんだ・・・。







そして、井戸に落としては意識を失わせない大昔の『水攻め』のように、

私を絶望の底に突き落としては、


思考を停止させてはくれないんだ…。







ああ・・・。







本当に・・・























これが、

私の望んだ結末だったのであろうかと、




相手の望むことなのであろうかと、







考えれば考えるほど、




苦しくてなきたくなる・・・。















告白なんて、してはいけなかったんじゃないかと思えてくる…。






だって、告白なんて私がしようとしなければ、



真実を知ることもなく、

今こうして相手にこんなに嫌われることも
なかったかもしれない。



クリスマスだって、年末だって、
真実を何も知らないまま、幸せな気分でいられたかもしれない。






それがたとえ「まやかし」でも、
    
それでたとえ
何も知らないままこの先も相手を苦しめ続けることであったのだとしても、
    






今ほどに相手を苦しめたり、嫌な顔をさせることは無かったんじゃないかって、
                 
あんなに恐い顔をさせたりすることはなかったんじゃないだろうかって、






そう思うの・・・。






私が告白したことは、



悪い・・・  悪い…ことだったのかな・・・。









何が悪いことであったのであろうと、考えれば考えるほど、







最終的には、
自分という存在の全否定に繋がってしまう。



そうじゃないよって、

そうじゃないよって、


人を好きになることは 悪いことじゃないって、

人を愛することは 悪いことじゃないって、

人に想いを伝えることは 悪いことじゃないって


必死に、
必死に考えようとしてるけど、 









相手の態度を見れば見るほど、




そうじゃないんじゃないかって、

相手はそれを否定しているような気がするの…。






心が…


押しつぶされそう…。











もう…

ダメかもしれない・・・。














今はもう、私の心の中で、


現実にはあり得もしない、

夢のまぼろしである、優しく微笑む「偽者のあの人」の姿に…、
まぼろしの中のあの人だけが向けてくれる偽りの優しい眼差しに…、








沈んで…いくだけなの・・・。

























■蛇足



最近よく聴いている(もしくは聴いていた)音楽



『変態さんのための変態系ロック』



この間消されちゃったのだけれど、この動画、とっても自分の好みにど直球で秀逸でした。
特に、1曲目から3曲目までと、最後のほうにある「ザ・キャプテンズ」と呼ばれるアーティストは個人的にとても素晴らしいと思う。


<参考>


●1曲目

曲のノリとかテンポとか、大好き。
個人的には、歌詞が最近の自分に少し似ている・・・。




●3曲目

イントロからの疾走感が素晴らしい。
聴いててとても心地よく心にグングンくる。





●キャプテンズ

愛すべきバカというか、わたしこういう人たち大好き。
キャプテンズは、このなんともいえない「ナウ」さとボーカルである「傷彦さま」のキモさが美しさがとてもいい味を出していると思う。






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